音の風景と心の風景「羊と鋼の森」を読みました。

読んだ本

お疲れ様です。

夜曲を作らない時に「暇だなー」と思って部屋を見てみると結構積んでる本があって。
読んでみると結構気分転換になったりして。
気が付いてみれば3時間くらい読みふけっていたりします。

意外と文学少年の気質でもあるんじゃないかと思っているもやしです。
読んでるのだいたいラノベとかですが。

 

妹に「途中お兄ちゃんっぽい」と言われながら送られた、宮下奈都先生の「羊と鋼の森」を読みました。
最初の感想として、「妹よ、お前はそんな目で俺を見ていたのか(美化というか贔屓が過ぎないか)」

ゆるされている。世界と調和している。
それがどんなに素晴らしいことか。
言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。

「才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。あるのかないのかわからない、そんなものにふりまわされるのはごめんだ。もっと確かなものを、この手で探り当てていくしかない。(本文より)」

ピアノの調律に魅せられた一人の青年。
彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。

(Amazon紹介文より)

 

主人公は高校生になって調律師と出会うまで、まるで音楽というものに触れてこなかった。
そんな主人公が”音”に対して抱いた感情、思い起こされた風景が、その時々で細かく描かれる。

紹介文では

言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。

とあるが、作中での描写は「音を(心象風景)伝えるために、言葉で表す」ということを至極丁寧に行っている。
文学作品なので当たり前、と言ってしまえばそうなのかもしれないが、それでも、その文章を、言葉をとても美しいと思った。

作中では主人公がピアノの音を、表題通り森に例える描写が多くある。
その森が時に不穏に、時に煌びやかに、時には翳って。

生憎、自分はピアノの生音をしっかりと聴いたことがあまりない。
しかし、そんな自分でも、言葉を通じて、その音を薄っすらとではあるが、感じることが出来た。
言葉の力というものを感じたのは久しぶりだった。

自分にも音が風景を描くことはある。
それを形にしたいと思って曲を書くこともある。
まだそれを本当の意味で出来たことは無いけれど。

 

主人公はひたむきな努力と幸運に恵まれて、自分の行先を見つけ、(まだ彼の人生の一端なのかもしれないが)成長することが出来た。
自分にはそれが出来るだろうか、とふと考えてしまう。

序盤、早く一人前になりたいと焦る主人公に、師匠はこう語った。

「焦ってはいけません。こつこつ、こつこつです」

「この仕事に、正しいかどうかという基準はありません。正しいという言葉には気を付けた方がいい」

「こつこつと守って、こつこつとヒット・エンド・ランです」

「ホームランを狙ってはだめなんです」

 

また、作中では幾人かの「あきらめ」も描かれる。
苦しみ、もがき、しがみ付いて、それでもあきらめてしまった人達だ。

燻っている人もいれば、”その次”を見つけられた人もいる。
そういう人達も描いた上で、最後に主人公は独白する。

もしかしたら、この道で間違っていないのかもしれない。時間がかかっても、まわり道になっても、この道を行けばいい。
何もないと思っていた森で、なんでもないと思っていた風景の中に、すべてがあったのだと思う。隠されていたのでさえなく、ただ見つけられなかっただけなのだ。
安心してよかったのだ。僕には何もなくても、美しいものも、音楽も、もともと世界に溶けている。

それは主人公だけのものなのか、それとも、「あきらめ」てしまった誰かもが気付くことが出来るものなのか。

 

色々な触れ方をしたが、この作品の主軸は主人公が初めての衝動に触れてから、自分の中の原風景にたどり着くまでの物語だと思っている。
「これまでには何も無駄なことなどなかったのだ」と奇麗にまとめるのではなく、「ただ、元々そこにあったのだ」と。

それが自分の中ですとんとはまって、いい読後感だった。
諸々の描写も含めて、またじっくりと読み返したい。

今週泊まりに来る妹に返すことにならなければ。

 

最後に、大事だなーと思った部分をメモ。

「なるべく具体的なものの名前を知っていて、細部を思い浮かべることができるっていうのは、案外重要なことなんだ」

「柔らかい音にしてほしいって言われた時も、疑わなきゃいけない。その柔らかさを想像しているのか。必要なのは本当に柔らかさなのか。技術はもちろん大事だけど、まず意思の疎通だ。できるだけ具体的にどんな音がほしいのか、イメージをよく確かめたほうがいい」

 

「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」

最後のは原民喜さんという作家さんの憧れている文体だそうで。(恥ずかしながら初耳でした)
自分の想像力が足りない故、漠然とではありますが、そういうものを自分も作ることが出来れば、とモノを作る者として思うのでした。

 

本日のBGM

境界線上のホライゾンO.S.T 2/加藤達也

境ホラ一期がAmazonプライムで見られるようになってましたね。
そのうち紹介記事でも書きますよ。

その勢いというか、熱に任せて2巻以降の一気読みを敢行しているのですが、なにぶん進みが悪くてしょうがない。
しかたないね、単純にページ数で考えても「羊と鋼の森」の3倍近いですもの。

最新刊にはいつ追いつけるのやら。
休職中に読破したいものですが。


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